あぁ我が酒呑み人生よ

お酒と読書とお酒

写真フォルダは「関東煮」やや多め

いわゆる清野さんによる赤羽バブルの前。

当時、週刊誌の仕事をしていて、

仕事のリズムが早かった。

 

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職場のおっさんが東十条在住で、

帰りのタイミングが合えば、

丸健水産に連れていかれ、

よく一緒に一杯ひっかけていた。

 

 

もちろん、美味しくて通っていたし、

みなさんの思うところもあると思うが、

その時から、個人的に感じていたのは、

ちくわぶ〕と〔出汁割り〕は、

そないに美味しないということである。

 

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赤羽にあった小山酒造の代表銘柄「丸眞正宗」

このカップ酒に出汁を入れる、

そういう地元的な飲み方は理解できる。

(個人的には出汁をアテにカップ酒が◯

 

 

関西人だからだろうか…

ちくわぶ〕という具材そのものに関して、

まだ〔車麩〕の方が絶対美味しいやん、

と内心思いながら、口をモフモフして、

酒を流し込んでいた記憶がある。

 

 

 

念のため、馴染みのない関西人向けに、

ちくわぶ〕のウィキペディアを貼る。

 

東京都北区商工会議所では、1945年(昭和20年)戦後の闇市を起源とし、高価な魚のすり身を使う「竹輪」の代用品として、安価な小麦粉を使い味が良く浸み込むようギザギザの筋で表面積を広げて作ったのが「竹輪麩」としている。

 

 

なるほど、戦後の食糧難から生まれたわけか。

 

おでんの種(タネ)として利用されることが多く、1924年大正13年)発行の『最新実用和洋料理』[1]では「おでんの拵へ方」としてその材料に里芋・こんにゃく・がんもどき・焼豆腐・竹輪・さつま揚げと並んで、1937年(昭和12年)発行の『軍隊調理法』[2]では「関東煮(おでん)」の材料として里芋・こんにゃく・がんもどき・大根と並んで、いずれも「竹輪麩」が挙げられている。

 

あ、え、その以前からあったのね。

その当時から、関東煮に使われていたようだ。

 

近年まで、東京を中心とした埼玉と神奈川、千葉の一部でしか見られず、全国的にはほとんど知られていなかった。グルメ漫画を多く描いているラズウェル細木は、『酒のほそ道』[3]の中で「西と東の境界線は神奈川県の途中(平塚と小田原の間)」であり、その理由として「かまぼこなど練り物の本場である小田原では、(代用品としての需要もなく)好まれなかったのだろう」と考察している。

 

たしかに、小田原で飲んだ時は、

美味しい練り物が多かった記憶がある。

久しぶりに小田原飲みした時の写真でもと思い、

過去の写真を遡っていると、

 

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写真、右奥に、

ちくわぶ〕らしき姿が写り込んでいるではないか…

記憶が定かではないので、はっきり言えないが、

練り物だった可能性もある…

 

 

そうなると、

練り物に寄せて、小麦粉を使いつくる〔ちくわぶ

この〔ちくわぶ〕に寄せてつくる練り物、なのか。

いや、そんなはずはない、それとも、、、

友人が連れて行ってくれた小田原のおでん屋が、

モグリのおでん屋だったのか…

嗚呼、頭が混乱してきた…

 

 

 

という、どうでもよい話は置いておいて、

過去の写真を振り返っていたら、

 

・角打ち、酒場での関東煮

・大衆中華飲み

・長田系のそば焼き、お好み焼

 

あたりがやたら多く、ほぼ色味は茶色。

ぜんぜんインスタバエする要素なし、

ではあるが、この辺りを中心にダラダラと書いていこう。

という、これまたどうでもよい話。

 

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(懐かしのヤスダヤ関東煮を添えて